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2007年3月30日 (金)

首相の発言は撤回できます

去年のお話
発言の撤回はこうやるんだという見本ですか?

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社民党大会「自衛隊違憲」を宣言

 社民党は11日、党本部で開いた第10回定期党大会で、自衛隊について「現状、明らかに違憲状態にある」とした「社民党宣言」を採択した。宣言は、自衛隊の将来的な「解消」にも言及して、「非武装の日本を目指す」とした。社会党時代の1994年に自衛隊合憲論に転じた社民党は、再び違憲論を鮮明にした。

 福島党首はあいさつで「武力行使を行う米軍支援のために、イラクまで派遣された自衛隊が憲法の枠内にあるとは言えない」と述べた。そのうえで、憲法9条堅持の必要性を強調した。憲法改正の手続きを定める国民投票法案の国会提出にも反対する考えを表明した。

 また、又市幹事長は、93〜94年に衆院に小選挙区比例代表並立制を導入する法案に賛成したことについて「当時の政治選択と対処は正しかったとは言えない」とする見解を発表、了承された。党方針に従わず反対し、処分を受けた当時の衆参両院議員9人の名誉を回復することも決めた。

 党大会は12日に、来年夏の参院選で7議席獲得を目標とする運動方針などを採択、閉幕する。

(2006年2月11日21時34分 読売新聞)

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1994年当時、日本の首相であった村山富市が自衛隊を「合憲」と表明したものを、いとも簡単にやってくれます。

まあなんだ、首相の発言ですらこれなんだから、たかだか官房長官の談話ぐらいどうって事無いよね。
「河野談話」の撤回に異議ある?>社民党&その支持者の皆さん

あ、昔とは状況が変わったという言い訳はしてもいいけど、その時は慰安婦問題を取り巻く状況も昔とは違うことは認識してね。

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2007年3月28日 (水)

慰安婦問題元凶の一人

昔どこかで拾ったのが出てきたのでアップしておきますね。

10年前の朝生。高木健一がいろいろと突っ込まれています。

「1996_11_asanama_iannhu.wmv」をダウンロード

法曹界の元凶NO.1

【参考】
高木健一(酒たまねぎやURAホームページ)

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2007年3月27日 (火)

東京裁判の残滓

今回は本からの引用。

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 多くの国民は、満洲事変はもちろん、日清戦争や日露戦争まで、すべて日本の「侵略戦争」であったと信じ込むようになった。今なお学校ではそのような教育を行っている。また、太平洋戦争は、アメリカやイギリスの民主主義と日本の帝国主義との戦いであって、日本が悪かったのだと頭から決めてかかっている。すなわち日本は、明治この方、世界に顔向けできないような、侵略戦争という罪悪を積み重ねてのしあがった国であるという迷信を、骨の髄までたたき込んだのが、この東京裁判である。これを多くの日本人は、平和と人道による正しい裁判である、と妄信した。そして日本人はすべて、この断罪に服することによってのみ更生することができると信ずるようになり、“一億総懺悔”というようなことばが、まことしやかに唱導され、国民はこれに服したのである。誇張していえば、日本民族あげて、前科者、または犯罪者として、見えざる捕縄につながれたのである。
 このような過度の罪悪感や劣等感は当然の帰結として、日本国民の人間性を極度に卑屈にしてしまった。希望も理想もない、虚脱された、長いものには巻かれろ式の人間像ができあがってしまった。パンパンとはみずからの貞操を売って外国人に生活を依存する、不幸なる女性を指すことばだが、戦後日本の政治・経済・文化そのものが、パンパン政治であり、パンパン経済であり、パンパン文化であった。その影響は今日に及んでいる。

パール判事の日本無罪論(田中正明著) p215

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 この本が刊行されたのは1963年。(当時のタイトルは「パール博士の日本無罪論」)
 それから40年以上経ちましたが、残念ながらその影響はやはり今日にも及んだままです。
 教育現場は相変わらず。お馬鹿な政治家・文化人はいまだに東京裁判マンセー。お馬鹿な財界人は利益を優先させるため首相は靖国参拝をするなという。そして韓流をあおるメディア。確かに、政治も経済も文化もパンパンだ。東京裁判という名の洗脳プログラムはそうとう厄介です。
 それでも、なんとかこの泥沼から片足を引き抜けるかどうか、というところまできているようには感じますけどね。この流れを逆流させることだけはしたくないものです。

 そういえば、民団に支援を求めるパンパン東京都知事候補がいるという事実も、多少気になるところではあるが。

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2007年3月26日 (月)

3月1日の看板娘 柳寛順

3月1日の看板娘 柳寛順
英雄を作るのも大変でつね。

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「柳寛順への日本の蛮行、誇張多い」 

「柳寛順(ユ・クァンスン)烈士について誤って理解されている点を正してみたかったのです」。この4年間、柳寛順研究に没頭してきた郷土史家の任明淳(イム・ミョンスン、55、忠清南道天安市社稷洞)さん。

天安(チョンアン)大にある柳寛順研究所の客員研究員でもある任さんは「柳寛順に関連した内容が、1945年8月15日の解放以後、植民地時代に日本が行った蛮行を糾弾するという意味合いから、誇張され過ぎてしまった感がある」と主張する。

「三一運動=柳寛順」というイメージを持つ柳寛順だが、出生・死亡年月日は記録によってまちまちだ。名前の漢字表記や兄弟の数、梨花(イファ)学堂に入学した年度も、やはりそれぞれ異なっている。

天安一帯で起った「己未年万歳示威」では、20人余りが殉国した。だが、死亡して80年が経てば、戸籍が整理され、記録から完全に抹消される。 

これを知った任さんは、99年から柳寛順ら殉国した先烈の除籍謄本をすべて集め、研究を行ってきた。

謄本によって任さんは、柳寛順の出生年が1904年ではなく1902年で、1人娘ではなく姉が1人いたという事実を確認した。任さんは昨年10月、天安大が主催した「柳寛順烈士追慕学術大会」で、我々が知る柳寛順の殉国月日と生年月日が事実とは異なる、と指摘した。

任さんは、柳寛順の最終刑量は、懲役7年でなく3年だったと主張した。京城(キョンソン)復審裁判所(控訴審)の判決文と受刑者記録表によると、柳寛順は小学校の教科書にあるように「検事に椅子を投げつけたため法廷冒とく罪が追加され、7年の刑を宣告された」のではなく、3年の刑を受けたという。その後、柳寛順は高等裁判所(現在の最高裁)に上告せず、これが最終刑量になったという。

「梨花学堂時代、柳寛順の級友だったポガック(99、僧侶)さんの証言によると、死亡して20日余り過ぎた後、柳寛順の死体を受け取ったそうです。その時、死体は腐っていましたが、四肢は切断されてはいなかったという話です」。

任さんは「柳寛順への盲目的な思い込みから、こうしたいい加減な事実が広まり、子供向けの伝記にまで掲載された」とし、「今は、冷静になって史実を確認すべきだ」と話した。

大学で農学を専攻した任さんは、農村振興庁で勤めた経験があり、20年余り自営業(農薬販売)を営んできた。だが現在は、天安地域の郷土史研究に没頭している。

趙漢弼(チョ・ハンピル)記者


2002.02.26 21:21:52

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=24426&servcode=400§code=400

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まあ、歴史上の有名人なんて何かしらの誇張はあるものでしょうけど、この国は何事に付けても限度を超えすぎ。
今話題の慰安婦問題でも同じ臭いがぷんぷんします。

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日本人には理解しがたい朝鮮人の暴挙

親の因果が子に報い・・・

日本の場合は当事者の怨念や呪いのたぐいだったりする(だから丁寧に供養する)のだけど、朝鮮(中華圏)の場合は、直接関係のない人間がやるのだから質が悪い。

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李完用の子孫の墓壊される
 代表的親日派で乙巳五賊の1人の李完用(イ・ワニョン)の長男夫婦の墓がひどく壊されたまま発見された。

 高陽市文化財専門委員のチョン・ドンイル氏(40)は最近、京畿道高陽市で、彫刻が壊され、上石だけ残った李完用の長男・李承九(イ・スング)と夫人のイム・コルグィの墓を発見したと29日明らかにした。

 発見当時、墓は土台石がなくなり、アカシアが伸び、横120センチ、縦90センチ大の上石だけ残っていた。上石も破損して、墓の主人を伝える文字だけがやっと読める程度であった。

 チョン委員は「文献によれば李完用の長男の李承九は当代の絶世の美人だった夫人イム・コルクィと父李完用の不倫を知って自殺し、李完用の戸籍からも除外された不幸な人物」と明らかにした。

 チョン委員は続けて「墓が発見されたところは、一時『恩怨の谷』と呼ばれ、解放直後、李完用の親日行為に怒った村民たちが火を付けるなど、墓をむやみに傷つけた」として、「住民たちは墓まで暴こうとしたが、墓石が頑丈で失敗した」と伝えた。

 一方、李承九夫婦の墓が発見された一帯は、李完用が所有した2筆地を初め、7つの筆地2万5千坪の林野などが子孫に相続されたが、1990年代後半、孫によってソウル某大学の同窓会発展基金に寄贈された。

 以後、李完用の曽孫子が同大学を相手に、土地返還訴訟を起するなど、訴訟に巻き込まれたりもしたが、訴えを取り下げて、現在は大学所有として残っている。<連合>


韓国速報 06/8/30

http://www.worldtimes.co.jp/kansok/kan/soc/060830-2.html

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今更朝鮮人の民度の低さを語ってもしょうがないか。

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日本統治時代 朝鮮地方の経済成長

朝鮮日報 2004年3月3日

きちんと資料が読めれば(読む気があれば?)導き出される結論は1つなのでしょうね。

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「1920〜30年代の成長率4.1%」

 日帝時代、朝鮮は1937年の中日戦争勃発前まで国内生産及び支出が年間約4%の高い成長率を記録していたことがわかった。朝鮮の経済状況についての精密かつ総合的な統計が出たのは今回が初めてだ。

 落星垈(ナクソンデ)経済研究所(所長:李榮薫(イ・ヨンフン)ソウル大教授)主催で先月27日、ソウル大で開かれた「韓国の長期経済統計(2)−植民地期のGDPとGDE」において結論部分を発表した車明洙(チャ・ミョンス)嶺南(ヨンナム)大教授(経済学)は、「朝鮮総督府統計年譜」をはじめとする日帝時代の各種資料を利用し、1912〜1937年までの国内総生産(GDP)、国内総支出(GDE)、経済構造変化などに対する推計を提示した。

 今回の調査結果は日帝時代の経済的性格を巡って学会で起こった論争を再燃させるものと予想される。日帝時代に高度成長がなされたという分析は日帝が韓国の近代化を主導したという主張を裏付けることになるからだ。

 車明洙教授は「今回の統計は資料を手に入れることのできない日中戦争以降の部分は抜け落ちているため、日帝時代全体に対する評価ではないが、1920〜30年代の経済成長は明らかだ」と話した。これまで日帝時代の経済統計は広島経済大学の溝口敏行教授が1988年に作成したのが唯一のものだった。

 車教授によると、この期間に年平均実質GDPは4.10%、実質GDEは4.24%の成長を示した。こうした数値は溝口教授が推定した年平均実質GDP成長率3.81%、GDE成長率4.01%よりも若干高い。

 こうした成長率は同じ期間、欧州(1%台)や日本・米国(3%台)に比べ、より高いものだ。この期間、人口成長率が年平均1.61%だった点を考慮すれば1人当りの生産成長率は約2.4%を記録した。

 植民地朝鮮の経済構造はこの期間、農業を中心とする第1次産業が1911年の75%から1930年代末には45%水準に下がった一方で、第2次産業(鉱工業)と第3次産業(サービス業)はそれぞれ7%から22%、18%から33%に増加した。

 鉱工業とサービス業は1920年代はもちろん、世界的に大恐慌の打撃を受けた1930年代前半にも絶えず成長していたことがわかった。

李先敏(イ・ソンミン)記者 smlee@chosun.com

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2004/03/03/20040303000075.html

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十分すぎるくらい日本統治の恩恵は受けているよね。

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2007年3月25日 (日)

韓国のGDPの5%を稼ぐ人達

ちょっと古めの記事 中央日報
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「買春売春市場の規模、年間26兆ウォン」

政府が行った調査のまとめによると、韓国の買春売春産業は年間26兆ウォン(約2兆6000億円)台の規模であり、買春売買産業の専業女性がおよそ26万人にのぼる。 今回の調査は、政府が行った初の買春売春産業調査報告であり、民間団体まで含ませたケースとしても全国規模で行われた初の実態調査となる。

26兆ウォンにのぼる買春売買産業の規模は、2001年の国内総生産(GDP)545兆ウォン(約55兆円)に比べるとき、その5%にあたる。また、専業女性数およそ26万人は、満20歳から34歳までの女性(2002年、統計庁)人口の4%にのぼる。 

女性部は、韓国刑事政策研究院に依頼し昨年1年間にわたって、ソウル、釜山(プサン)、大邱(テグ)など大都市と邑・面(ウッブ、ミョン=韓国地方の行政単位)地域の総5600の業者を対象に面接調査を行った。

女性部は7日、同報告内容に基づき関連女性団体らとともに「韓国の買春売春市場の規模と現況」との政策討論会を開く計画だ。

文キョンラン女性専門記者


2003.02.06 15:22:38

http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=37216&servcode=400§code=400

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2007年3月21日 (水)

米国司法では既に決着がついている慰安婦問題

復帰はまだまだ先ですけど、ため込んだ資料の中から興味深いものを不定期で貼り付けてみます。
携帯からなので、強調とかできなかったりと色々制限がありますがご容赦ください。

とりあえず、慰安婦問題に関連して。
2006年3月18日の産経より。

米国の司法ではこのような判断が下されています。

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【緯度経度】 米国での慰安婦訴訟の教訓 :3/18産経新聞紙面より

【ワシントン=古森義久】 慰安婦問題といえば、最近でもなおNHKの番組や朝日新聞の報道をめぐって、論議が絶えないが、米国内でこの問題で日本を非難する勢力にとって大きな後退となる最終判決がこのほど出された。米国の司法や行政の良識を思わせる適切な判決だったのだが、ここにいたるまでの五年以上の原告側の執拗な動きからは日本側にとっての多くの教訓もうかがわれる。

 米連邦最高裁判所は第二次大戦中に日本軍の「従軍慰安婦」にさせられたと主張する中国や韓国 の女性計十五人が日本政府を相手どって米国内で起こしていた損害賠償請求などの集団訴訟に対し、二月二十一日、却下の判決を下した。この判決は米国内でのこの案件に関する司法の最終判断となった。もう慰安婦問題に関して日本側に賠償や謝罪を求める訴えは米国内では起こせないことを意味する点でその意義は大きい。

  日本政府は当然ながらこの種の賠償問題はサンフランシスコ対日講和条約での国家間の合意で解決ずみだとして裁判所には訴えの却下を求めた。ワシントン連邦地裁は二〇〇一年十月、日本側の主張を認めた形で原告の訴えを却下した。原告側はすぐに上訴した。だがワシントン高裁でも二〇〇三年六月に却下され、原告側は最高裁に上告したところ、最高裁は二〇〇四年七月に高裁へと差し戻した。 だが、ワシントン高裁の再審理でも日本政府に有利な判断がまた出て、原告は二〇〇五年十一月にまた最高裁に再審を求めた。その結果、最高裁が最終的に決めた判断が却下だったのだ。

 六年近くもこの訴訟を一貫して、しかもきわめて粘り強く進めた組織の中核は「ワシントン慰安婦問題連合Inc」という団体だった。在米の韓国人や中国人から成り、中国政府関連機関とも連携する政治団体である。Incという語が示すように資金面では会社のような性格の組織でもあるという。

 この「ワシントン慰安婦問題連合Inc」は実は二〇〇〇年十二月に東京で開かれた「女性国際戦犯法廷」にも深くかかわっていた。この「法廷」は模擬裁判で慰安婦問題を主に扱い、日本の天皇らを被告にして、その模擬裁判を伝えたNHK番組が日本国内で大きな論議の原因となった。「慰安婦問題連合」はまた、その少し前には中国系米人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏著の欠陥本、「レイプ・オブ・南京」の宣伝や販売を活発に支援した。

 この種の組織は日本の戦争での「侵略」や「残虐行為」を一貫して誇張して伝え、日本の賠償や謝罪の実績を認めずに非難を続ける点では間違いなく反日団体といえる。その種の団体が日本を攻撃するときによく使う手段が米国での訴訟やプロパガンダであり、その典型が今回の慰安婦問題訴訟だった。米国での日本糾弾は超大国の米国が国際世論の場に近いことや、日本側が同盟国の米国での判断やイメージを最も気にかけることを熟知したうえでの戦術だろう。日本の弱点を突くわけである。

 だが米国の司法は最高裁での却下という結論を打ち出した。行政府のブッシュ政権も一貫して「日本の賠償は対日講和条約ですべて解決ずみ」という立場を裁判の過程でも示した。

 しかし立法府である米国議会は「慰安婦問題連合」などの果敢なロビー工作を受けて、慰安婦問題ではまだ日本を非難する決議案をたびたび出している。その種の工作の持続性、粘り強さは今回の訴訟での軌跡がよく示している。日本側も米国という舞台でのこの種の争いの重要性を十二分に意識して、果敢に反撃すべきだろう。反撃すればそれなりの成果も得られる。今回の最高裁の判決はそんな教訓を与えてくれるようである。 (一部略)

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4月20日は珊瑚記念日

4月20日は珊瑚記念日
あと一月で「珊瑚記念日」なので貼っておきますね。

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2007年3月 1日 (木)

小休止

 ネットにどっぷりと漬かった最近の生活に、ふと「なんだかなぁ」と疑問を感じてしまい、しばらくネット環境から距離を置くことにしました。
 具体的には、家のADSLを2月いっぱいで解約しちゃいました。(゚∀゚)アヒャ!

 そういうわけで、しばらくの間はブログの更新もままなりません。
 まあ、完全にネットから切り離された生活をしているかといわれれば、そうでもなく、職場のパソコンからネットにアクセスもできますし、休憩時間にちょっとした更新ならすることも可能です。ただ、当然土日は完全にネットが使えない状態です。

 とりあえず、1ヶ月ぐらいはネット無し生活を送ってみようかなとは思っていますが、完全復活は未定です。いずれは間違いなく復活しますしから、ブログを辞めるつもりもありませんし、その間は、今まで集めた史料を整理しながら、読書に専念でもしようかなと。

 ちょっとだけ、スローライフ気分を味わってみます。

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