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2006年12月 9日 (土)

戦後61年 朝日が日本を滅ぼした

 クリント・イーストウッド監督の映画「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」が話題を呼んでいる。

 1945年2月から3月にかけて、日米合わせて約5万人が死傷した硫黄島の激戦を、双方の視点から描いた2部作だ。

 登場するのは、英雄に祭り上げられて苦悩する米海兵隊員や、家族を案じながら死んでいった日本兵士ら。敵も味方もない。戦争に翻弄(ほんろう)され、命を落とす生身の人間たちを描いたところが共感を呼ぶ理由だろう。

 日本軍がハワイの真珠湾を奇襲し、太平洋戦争が始まって65年が過ぎた。あの戦争の犠牲になった無数の人々を改めてしのびたい。

 それにしても、日本はなぜあのような暴挙に走ったのか。

 31年の満州事変から40年の日独伊三国同盟、さらに南部仏印への進駐から対日石油禁輸へ。後世から振り返ると、坂道をころげ落ちるように破局への道を歩んでいく。弾みがついた歴史の流れの恐ろしさだろう。

 当時のルーズベルト政権のスタッフだった経済学者のガルブレイス氏は、真珠湾攻撃の知らせを聞いた時、「狂気の沙汰(さた)と思った」と回想している。

 何よりも圧倒的な国力の差である。当時の米国のGNP(国民総生産)は日本の10倍以上、鉄鋼生産量は20倍以上もあったといわれる。しかも、日本は重要物資のほとんどを米国などからの輸入に頼っていた。

 冷静に考えれば、勝ち目がないことぐらい分かりそうなものだ。だが、体を張って「待った」をかける政治家も軍首脳もいなかった。

 「欧州でドイツが勝てば、日本も有利な講和に持ち込めるだろう」。最後はそんな期待もあって開戦に踏み切った。無責任というほかはない。

 指導者だけではない。昭和史に詳しい作家の半藤一利さんは、真珠湾の日に人々が何を語り、書いたかを調べたことがある。「マスコミは戦争をあおり、国民も『やった、やった』と熱狂した」

 日本中を「狂気」が覆っていたといえよう。

 硫黄島の守備隊は1カ月余りにわたる戦いの末、全滅する。それから沖縄戦、原爆投下と続き、敗戦に至る。あれだけの犠牲があったにもかかわらず、無謀な戦いを止められなかった無力を思うと、「あんなことは絶対に二度と起きない」と言い切ることはできまい。

 どうすれば、踏みとどまれるのか。狂気に包まれる前に、現実に目を見開くことはできるのか。65年後の今、改めて自問してみるのは意味のあることだ。

 ともすれば私たちの周囲から戦争の記憶は薄れがちである。だが、あの狂気やその種はこの世界からなくなったわけではない。過ちは今もどこかで繰り返され、戦争の悲惨は続く。そのことを忘れてはならない。

 なんか他人事のように「マスコミは戦争をあおり」なんて言っていますが

お前が言うな!

 とりあえず、朝日新聞が無くなれば、「あんなこと」が再び起こる確率が減るのではないだろうか?

【追記】
面白い画像見つけたんで貼っておきます。

朝日新聞の戦争特需(笑
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今日も朝日は正常運転」カテゴリの記事

コメント

太平洋戦争開戦は「狂気」の産物ではない。
アメリカの制裁に追い詰められた日本の政府・軍部が言わば「捨て身の政策」として採用したものです。
軍令部総長永野修身が言った「戦わずしてジリ貧となるよりも戦って活路を開く他はない」との台詞が有名。

まるで日本の人間が丸ごと発狂したかのような表現は事実を覆い隠すだけで有害極まりない。

ナチ・ドイツについてもそうだけど、政治に「狂気」なんて表現を持ち込むのは思考停止の元です。

投稿: 蝦夷王 | 2006年12月10日 (日) 00:02

>蝦夷王様
 何が何でも日本が悪い。ひたすらその方向に話を持って行こうとする朝日には本当に困ったものです。
 もしも、当時の日本が「狂気」にとりつかれていたとして、では、アジア各国を真の植民地として搾取していた列強は「狂気」ではないのか?列強に浸食されながらも内戦をやめない支那は「狂気」ではないのか?
 このあたりに朝日を始めとしたマスゴミは答えてくれないんですよね。

 そういえば、最近話題の「南京大虐殺」のプロパガンダ映画。いつ公開になるのか(本当に公開するのか?)知らないですが、これを見て朝日はどんな社説を書いてくれるのでしょうか。ちょっと楽しみです。きっと極上の電波を飛ばしてくれることでしょう。

投稿: yuga | 2006年12月10日 (日) 01:45

ていていた~
http://www.teiteitah.net/

ご存じかと思いますが、私はこちらのフラッシュを見て
近代史等の教科書でそれとなく知っていた事象も
当時の雰囲気は全く伝えていないことを知りました。

戦前の日本男児、鎖国から目覚め、アジアの辺境の弱小国を富国強兵で列強のヨーロッパ諸国と渡り歩いた屈強の外交官達が努力に努力を重ね、戦争を回避しようともがきつつも
遂には開戦やむなし となってしまった。

アメリカの戦略通り、先に手を出すはめになった。
それをどの口が「狂気の沙汰と思った」だと?
お前が言うな!!

日露戦争だって綱渡りだった。
多分、結末は見えていたと思います。
が、窮鼠猫を噛むの例え通り、単なる植民地に成り下がらなかったのは戦地へ向かわれた我々のご先祖様、英霊達の活躍、犠牲のお陰です。
それをマスゴミや糞サヨのバカタレ共が・・・
その無駄口を叩けるのが誰のお陰なのか、良く考えて頂きたいものです。。。

投稿: とっち | 2006年12月10日 (日) 11:38

>とっち様
 そのサイトは、以前にも紹介していただきましたが・・・大東亜戦争の方はまだ見てないです。(;´Д`)
 結構長時間ですけど、ならば正月に実家に帰ったときにでも家族と一緒に見てみるのも悪くないかなと思ってます。

 そもそも、当時の世界情勢、日本の置かれた状況をろくに検証せずに、悪いのは日本、狂っていたのは日本、で思考停止している(それともあえて考えないようにしている?)ようでは、平和を語る資格など無いと思いますね。でも、そういう連中に限って、戦争反対、自衛隊は違憲とか好き放題わめいているのですが。

 この国を守ろうと戦ってくれた自分達の祖先をののしり、それによって快感を得ているような輩は本当に気持ち悪いです。

投稿: yuga | 2006年12月10日 (日) 20:01

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