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2006年7月 9日 (日)

慰安婦は一日に??人の相手をさせられました

 ただいま、慰安婦訴訟の原点とも言うべき金学順を調べているんですが、イマイチはっきりしませんね。黄錦周以上かもしれません。(わたしの能力不足はケンチャナヨということで)
 1997年死亡ということで、ネット上に新しめのソースがないんですよ。仕方がないので紙のソースを求めて図書館まで行ってきました。

 まずは、その第一報とも言うべき朝日新聞の1991年(平成3)8月11日のを探してみたのですが・・・11日に報じられたのは大阪版だけ(ネット上では朝刊だったり夕刊だったり)なのか、わたしが見た縮刷版には12日の朝刊社会面に載っていました。

 ただ、ネット上でよく見るような「挺身隊の名で連行された」という表現はなく、もともとそのような表現は無かったのか、それとも大阪版にはあったのかはわかりません。大阪方面の人で余裕がある人は調べてみるといいかもしれませんね。

 また、よく問題となる、「キーセン学校出身」、「親に売られた」ということは、やはり書いてありませんでした。これはコピペと同じですね。

 さて、その記事にちょっと興味深い記述を見つけました。その前にまずこれを読んでください。

 翌日から毎日軍人、少ない時で一〇人、多いときは三〇人くらいの相手をさせられた。朝の八時から三〇分おきに兵隊がきた。(1991年12月 東京地裁への訴状)

 チョン・ソウンの1日50~100人などというトンデモ話に比べるとまだマシなようにもみえますが、多いときで1日10人でもかなり厳しい状況ではないかと思います。
 そこで先程の朝日の記事。内容はこうです。

慰安婦の痛み、切々と 韓国で聞き取り (1991.8.12 朝日新聞)

 【ソウル10日=植村隆】
日中戦争や第二次大戦の際、戦場に連行され、日本軍人相手に売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、「韓国挺身隊問題対策協議会」(尹貞玉・共同代表、十六団体約三十万人)が聞き取り作業を始めた。同協議会は十日、女性の話を録音したテープを朝日新聞記者に公開した。体験をひた隠しにしてきた彼女らの重い口が、やっと開き始めた。
 尹代表らによると、この女性は六十八歳で、ソウル市内に一人で住んでいる。
 女性の話によると、中国東北部で生まれ、17歳の時、二、三百人の部隊がいる中国南部の慰安所に連れて行かれた。慰安所は民家を使っていた。五人の朝鮮人女性がおり、一人に一室が与えられた。女性は「春子」(仮名)と日本名を付けられ、毎日三、四人の相手をさせられた、という。
 「監禁されて、逃げ出したいという思いしかなかった。相手が来ないように思い続けた。」という。数ヶ月後に逃げることができ、戦後ソウルに落ち着いた。結婚したが夫や子供も亡くなり、現在は生活保護を受けて、暮らしている。

 毎日3~4人だそです。ずいぶんとまあ、現実的な数字ですね。
 記事が書かれたのが8月。提訴が12月。たった4ヶ月でどーんと増えたものです。
 さて、この短い期間に何があったのやら。少なくとも勘違いで済むレベルの話ではないでしょうね。

 うそつきは、だーれだ?

 こちらもどうぞ。

Asahi_910812

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コメント

嘘吐きは…インチキ弁護士かなぁ。
「どうせだから誇張して吹っ掛けろ」

あれ?
1991年11月に宮沢喜一が総理になってる。
これは怪しい。

投稿: 煬帝 | 2006年7月 9日 (日) 04:31

わたしも変な入れ知恵をしたのは、弁護士じゃないかなぁ、とは思いますね。
高木健一だったり、福島瑞穂だったりで、怪しすぎ。

宮沢は・・・こんなのに引っかかるなよ、としか言い様がないです。

投稿: yuga | 2006年7月 9日 (日) 09:58

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