« エンジョイコリアの憂鬱 | トップページ | たかられることを「共生」とはいいません »

2006年5月10日 (水)

中国の人権ギャグ

国連人権理事会、中国の理事国当選が事業の発展に有利

 中国外務省の劉建超報道官は9日北京で記者会見し、「中国が国連の人権理事会のメンバーとして当選することは、世界各地における人権保護と促進の偉大な事業にとって有利だ」と表明しました。

 劉建超報道官はさらに「中国政府は一貫して人権と基本的自由の保護と促進に力を入れており、人権に関する国際対話や協力を積極的に進めている。人権理事会が公正で、客観的、差別のない方式で人権問題を解決し、異なった文明や文化、宗教の間の建設的な対話と協力を促進することを中国は支持する」と強調しました。

.._ .......、._    _ /:/l! またまたごじょうだんを    
 :~""''.>゙' "~ ,、、''‐'、|         _          
゙、'、::::::ノ:::::::_,.-=.  _~:、         /_.}'':,          
 ``、/:::::::::__....,._ `゙'Y' _.ェ-、....._ /_゙''i゙ノ、ノ        
 ,.--l‐''"~..-_'.x-='"゙ー 、`'-、 ,:'  ノ゙ノブ      
"   .!-'",/  `'-‐'') /\ `/ でノ-〈      
 .-''~ >'゙::    ‐'"゙./  ヽ.,'   ~ /       
   //:::::       ',    /    ,:'゙ 

 と思っていたら

日本、人権理事会に当選 国連、圧政対応に懸念も(共同通信)

国連総会は9日、ジュネーブの人権委員会を改組し、6月に発足する国連人権理事会(47カ国)の
初の理事国選挙を実施、立候補した計63カ国のうち、アジアからは日本、中国韓国などが当選した。
 
核問題を抱えるイランは落選したが、人権面で問題があるとして国際人権団体が懸念を示していたロシア、
キューバ、サウジアラビアなどは当選、人権侵害や圧政への取り組み強化という目標に影を落とすことに
なった。
 
選挙では、国内に人権問題を抱える「人権侵害国」が名を連ね、機能不全に陥っているとの批判にさらされ
ていた人権委から名実ともに脱皮するため、
独裁・強権的な国の排除が焦点となっていた。

 あ、あっけない。ホントにそれでいいんデスカ?
 中国が入っている時点で、今後も機能不全決定。
 さらに韓国まで加えて、それってなんの(ry
 てか、日本はこんな茶番に付き合ってどうするの。いいように利用されそうでやだなぁ。

 ところで、国連人権委員会といえば、こんな人もいましたね。

ドゥドゥ・ディエン、おのれ何様?(水谷まちこのSPAM大好き!)

 国連の機関でありながら、単なる国際的差別利権団体ですね。

【参考】
東トルキスタンの人々に平和と自由を
超入門 チベット問題

|

« エンジョイコリアの憂鬱 | トップページ | たかられることを「共生」とはいいません »

特定アジア・中国」カテゴリの記事

コメント

中韓ってしれっと嘘を吐くのが得意ですよね。
流石宗主国と属国というところですか。

投稿: とっち | 2006年5月10日 (水) 13:17

国連改革かなんかがテーマのアメ公のテレビ番組を見たことがあります。
「人権委員会が単なる人権弾圧国家の自己弁護・隠れ蓑の場になっている」と言ってました。

投稿: 乞食の人 | 2006年5月10日 (水) 18:37

こんなだからアメさんは国連の相手をしたがらないんだよ。
ボルトンが次にどんな嫌がらせを考えるか楽しみになって来ちゃった。

投稿: 煬帝 | 2006年5月10日 (水) 20:55

>とっち様
こんな嘘をつかれると、見ているこっちが恥ずかしいくらいです。

>乞食の人様
「人権」なんて物は守る必要が無いんですよね。守っているフリをしているだけで十分利益になりますから。

>煬帝様
今の国連は既に役目を終えていますよね。
たしかにアメリカに好き勝手やられても困りますが、分担金の少ない連中に好き勝手やられるのはもっと困りものです。

投稿: yuga | 2006年5月10日 (水) 23:57

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/106344/10001424

この記事へのトラックバック一覧です: 中国の人権ギャグ:

« エンジョイコリアの憂鬱 | トップページ | たかられることを「共生」とはいいません »